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このページをご覧になっている方は、少しでも当社に興味があるか、税理士という仕事に興味がある方と思います。
そこで、私 代表の清水 努が、どうして税理士になったのか?なって本当に良かったのか?
少しだけ長くなりますが、是非読んでください!

代表・清水 努が税理士になるまで

 昭和58年 

高校2年の夏休みの事でした。
たまたま家に専門学校のガイドブックがあり、それをぱらぱらとめくっていると”簿記検定講座”という聞きなれない言葉が目に留まりました。
それが何となく数字に絡んだものだろうと漠然と感じ、早速申し込むことに。

たった一週間という短期間の講座でしたが、強い衝撃を受けました。
「こんな面白い物が世の中にはあったのか・・・!」

元々、数学だけは得意で、数字を見ていることに喜びを感じていたくらいでした。
何故、左と右が同じ数字になることや、精算表といった穴埋め問題を解くことに無上の喜びを感じていました。
そんな様子だったので、専門学校の先生が二学期から週に2回学校が終わったら来れば?
と仰ってくださり、そこで簿記の勉強を続けることにしました。

その年の11月に簿記の検定試験を初めて受験。一気に三級、二級と同時受験しましたが、なんと一発合格!

そして高校3年に進級する際、大学進学は断念し専門学校に絞りました。
3年になり、簿記1級を目指し6月に臨みましたが、さすがにハードルが高く不合格・・・。
11月に向けてリスタートを切り12月の発表を待つことに。結果は見事合格!!
(この時代に高校生での一級合格は稀ということでした。)

 高校卒業後 

専門学校で税理士合格に向けた勉強が始まりました。
アルバイトをしながらの3年間で合格を狙ってたのですが、残念ながら4科目止まり・・・。
残りの1科目は働きながらとなりました。

 社会人の始まり 

昭和63年9月1日に東京の某会計事務所への就職!社会人の始まりです。
初日に屋形船での新人歓迎会があり、「清水、なんか芸やれ~」と今では考えられないパワハラ?にもめげず、
”3年3箇所30歳独立”と呪文のように唱え、歯を食いしばりながら頑張りました。
(というのは嘘で、本当に楽しい毎日を過ごしました)

そこで気になるのは、私がいつ残りの1科目に合格したかですよね?結局ここから3年かかりました。

これまでに簿記論、財務諸表論、法人税、相続税の4科目に合格。最後の科目は固定資産税です。

ここで皆さんはどうして消費税じゃないんだ?と思われるでしょう。
当時消費税はなかったんです。(平成元年から消費税が導入されたので)
しかも今更受験科目を変更すると1からになるので、ボリュームの少ない固定資産税は仕事をしながらだと受験しやすい。

しかし結果3回連続で不合格・・・。
固定資産税額の最終値まであってたのにも拘らずです・・・。

ここで私は考えました。
逆にボリュームの少ない科目では学生が有利、社会人が不利。最もボリュームが多い科目は何か?所得税です。
これならば学生も社会人も差はなく、むしろ実務経験のある社会人の方が有利なのではないか?
結果は1発合格!
人間気合があれば何でも叶う好例と言えるでしょう!
(本音は、逃げないで最初から所得税やっておけば良かった~)

どうして税理士になったのか?

時はバブルでした。

誰もが大学進学は当たり前
大企業に就職して給料もそこそこいい、当時は金融機関への就職が花形で、最初のボーナスは多い人で100万円・・・

でも、私は今ではなく将来を見据えたときに、サラリーマンよりは経営者になりたいと漠然と考えていました。
税理士という職業は数字を主に扱うし、強くなる。経営者とも一緒に仕事ができると考えたからです。

なって良かったか?

そりゃ最高に良かったですよ!
20代の頃から会社経営者に電話一本で会えて、しかも会社の決算書、重要な資料も見ることができるんですよ。

すべてが自分のためになる経営のことばかり・・・お金もらいながら経営の勉強ができるなんて、幸せじゃないですか?
でも、途中で辞めていく人、挫折する人も当然いました。それは何故かって?
自分が将来どのようになりたいか!という志がなかったからです。

私は30歳で独立するんだ!と決めて社会人をスタートしました。
元々時間軸を決めて実行することが好きな性分でもあったのですが・・・。
これから税理士を目指す人、既に税理士にはなったが心がうつろなアナタ!今からでも遅くはありません。
漠然とでもいいので自分の数年先をイメージしてください。
経営参謀税理士としての確固たる自分を想像してください!